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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)115号 判決 1993年12月09日

東京都大田区下丸子2丁目27番1号

原告

日本電熱計器株式会社

代表者代表取締役

近藤権士

訴訟代理人弁理士

中島昇

小林将高

埼玉県入間市大字狭山ヶ原16番地2

被告

タムラ化研株式会社

代表者代表取締役

石井銀弥

東京都練馬区東大泉1丁目19番43号

被告

株式会社タムラ製作所

代表者代表取締役

枝村毅

被告ら訴訟代理人弁理士

佐野忠

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第17996号事件について平成4年4月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

2  被告ら

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告らは、名称を「プリント基板のはんだ付け方法」とする特許第1469416号発明(昭和56年10月3日特許出願、昭和63年4月2日出願公告、同年11月30日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成2年10月3日、本件特許を無効とすることについて審判を請求したところ、特許庁は、この請求を平成2年審判第17996号事件として審理した結果、平成4年4月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  本件発明の要旨

はんだ槽に収容した溶融はんだに加圧手段を設けることによりノズルに設けた多数の透孔を有する乱流波形成板のこれらの各透孔から溶融はんだを半波状に噴出させてこの半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し、かつ上記乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する第1のはんだ付け工程と、層流状態の波を形成する層流波形成手段又は平面浸漬手段の溶融はんだによりプリント基板と電気部品の第1のはんだ付け工程によるはんだ付け部に再度はんだ付けを施す第2のはんだ付け工程を有することを特徴とするプリント基板のはんだ付け方法。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、請求人(原告)は次のとおり主張した。

<1> 本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。)には記載不備があるから、特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されたものではなく、本件特許は特許法36条5項に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものである。(以下「主張<1>」という。)

<2> 本件発明は、本件特許出願前国内において頒布された刊行物である特開昭50-51449号公報(本訴における甲第5号証。以下、書証については本訴における書証番号を示す。)及び特開昭56-79495号公報(甲第6号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものである。(以下「主張<2>」という。)

(3)  そこでまず、主張<1>について検討する。

請求人は、単なる「乱流波形成板に対する溶融はんだの加圧手段による流動」だけでは「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させること」はできず、そのための構成が本件明細書に記載されていないと主張する。

しかしながら、本件明細書にも、「はんだ槽に溶融はんだを収容し、図示省略した羽根車を作動して溶融はんだをノズル・・・から噴出させると、ノズル5′は第3図・・・のような波状の溶融はんだを噴出する。・・・ノズル5′の乱流波形成板の噴出口・・・から噴出された溶融はんだは、半波状に噴出され、波頭はいくつかの小さな峰ができたように乱流状態になり、この波頭は波底部の溶融はんだの流動により絶えず不規則に上下左右に変動する。上記波頭の高さ、峰の数、変動の程度は羽根車の調節による溶融はんだの噴出圧により変わる」(本件公告公報第4欄36行ないし第5欄7行)と記載されているように、羽根車の調節により噴出する噴出圧を適当に選べば、溶融はんだが乱流波形成板の多数の透孔より噴出されてその波頭が多数形成され、その頂部は流動圧が失われた時点で溶融はんだの重力が勝ることにより崩れ落ちるから、波頭が乱流状態になることは明白であり、さらに、その状態は噴出圧のわずかな変化や隣接する波頭との干渉で絶えず変動するものと解され、波頭をそのような状態にすることを、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」とも表現できるので、本件発明は、羽根車の回転数や羽根の角度を時間的に変動させて、溶融はんだの流れを特に制御しなくても波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることができるものである。しかも、その際の加圧手段の回転数、乱流波形成板やその透孔の形状などについて具体的にどのようにするかは、はんだ付けしようとするプリント基板に応じて当業者が適宜決められる程度のものであるから、本件明細書に記載不備があるとすることはできない。

そして、本件発明は、上記のように、加圧手段や乱流波形成板について特許請求の範囲に記載された以外の要件を特に必要としないものであるから、特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されたものではないとすることはできない。

なお、請求人は、参考資料(実願昭47-144624号のマイクロフィルム)を引用して、本件発明の乱流波形成板と同じ多数の透孔を有する板状体を用いた場合、溶融はんだの噴流の急激な変化が防止され乱流が生じないようになることは、周知の事項であると主張しているが、参考資料に記載されたものは、溶融はんだの噴流の急激な変化を防止して、安定した噴流表面を得るためのものであって、本件発明とは噴出圧や透孔の大きさが異なる場合のものであるので、請求人の上記主張は採用できない。

(4)  次に、主張<2>について検討する。

甲第5号証には、ノズルから溶融はんだを噴出させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する第1のはんだ付け工程と、層流状態の波を形成する層流波形成手段の溶融はんだによりプリント基板と電気部品の第1のはんだ付け工程によるはんだ付け部に再度はんだ付けを施す第2のはんだ付け工程を有するプリント基板のはんだ付け方法の発明(別紙図面2参照)が、また、甲第6号証には、限定されたはんだ区画ごとにノズルからそれぞれ独立した溶融はんだを噴出させて溶融はんだの噴流を多数形成することにより、プリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給するプリント基板のはんだ付け方法の発明(別紙図面3参照)がそれぞれ記載されている。

しかしながら、甲第6号証に記載された発明は、プリント基板のはんだ接触面積を少なくして熱ストレスやブリッジの発生を防止するためにプリント基板上の各電子部品に対応してノズルを配設したもので、各ノズルから噴出する溶融はんだの噴流の波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりはんだ付け部に溶融はんだを供給するものでなく、さらに、請求人が挙げた周知技術(特開昭51-17949号公報)は多数の噴流を形成するためのものではないので、それを甲第6号証に記載された発明に適用できるものではない。

してみると、甲第5、第6号証のいずれにも本件発明の構成要件である「半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し」、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する」ことの記載がない。そして、本件発明は、この構成により、近接する電気部品のはんだ付け部とその間の銅箔に対して溶融はんだを良く濡らすことができ、特にチップ部品間隔の小さいものに対してはこの間隔に溶融はんだが入り込めるため、溶融はんだが所定の場所に良く濡れ、はんだ付け不良を少なくできるという明細書に記載されている顕著な作用効果を奏するものである。

したがって、本件発明は、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5)  以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、原告の主張内容及び本件明細書に審決摘示の記載があることは認めるが、その余は争う。同(4)のうち、甲第5号証及び第6号証に審決摘示の記載があること、本件明細書に審決摘示の作用効果の記載があることは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。

審決は主張<1>及び<2>に対する判断を誤ったものであって、違法である。

(1)  主張<1>に対する判断の誤り(取消事由(1))

<1> 審決は、その理由に照らすと、本件発明の特許請求の範囲における「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」との記載中、「波頭を乱流状態にして」の文言は波頭の頂部が「重力」によって崩れ落ちることにより生じる状態を表現したものであり、「波頭を不規則に上下左右に変動させる」の文言は「噴出圧のわずかな変化や隣接する波頭との干渉」によって上記の乱流状態が絶えず変動している状態を表現したものと解釈しているということができる。

ところで、上記の「重力」、「噴出圧のわずかな変化」及び「隣接する波頭との干渉」は、人為の関与しない、いわば自然的条件とでもいい得る性質のものであるから、「波頭を乱流状態にして」及び「波頭を不規則に上下左右に変動させる」というのは、それらの自然的条件の下に人為の関与なしに発生してくる自然現象であると解すべきものである。

しかし、人為の関与なしに自然に発生してくる現象が、技術的思想の創作である発明の構成に欠くことができない事項に該当しないことは明らかである。

したがって、本件発明の特許請求の範囲における「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」との要件は、本件発明の構成に欠くことができない事項に該当しないものというべきである。

また、本件明細書には、「溶融はんだをノズル5′・・・から噴出させると、ノズル5′は・・・溶融はんだを噴出する。・・・噴出された溶融はんだは、半波状に噴出され、波頭はいくつかの小さな波ができたように乱流状態になり、この波頭は波底部の溶融はんだの流動により絶えず不規則に上下左右に変動する。」(甲第2号証第4欄38行ないし第5欄5行)と記載されているが、この記載は、溶融はんだを「噴出させると」という人の行為ないし自然への働きかけが行われると、その結果直ちに波頭が「乱流状態になり」、「上下左右に変動する」という状態が現れ出ることを述べたものと解される。しかし、人の行為ないし自然への働きかけが行われた結果直ちに現れ出る状態変化は、発明の作用ないし効果であって、発明の構成に欠くことができない事項ではないから、この点からいっても、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」との要件は、本件発明の構成に欠くことができない事項に該当しないものというべきである。

<2> さらに、「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」との記載は、その文理からすれば、それに先行する「溶融はんだの波頭を多数形成し、」という手段とは異なる別の手段であって、人の行為ないしは自然への働きかけを意味するもの、例えば発明の構成を機能的に限定する技術手段等を示していると解釈される余地を有する文言であり、また、波頭に関しては、波頭を多数形成するということだけに用いられる手段以外の技術手段は具体的には何も開示されていないのであるから、上記記載の存在は本件発明の構成を不明瞭なものにしていることは明らかである。

<3> 以上のとおりであるから、本件発明の特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されたものではないとすることはできないとした審決の判断は誤りである。

(2)  主張<2>に対する判断の誤り(取消事由(2))

<1> 甲第6号証には、同号証記載の発明の第2実施例に関して、「半田槽4に半由噴流ノズル7をそれぞれ各部品(第4図には仮想線で示す)の個々の端子3(第2図参照)と1つずつ対応するように配設してある。」(第2頁右下欄4行ないし7行。別紙図面3の第2図、第4図参照)と記載されているが、この記載及び図面から明らかなように、1個の部品2には複数の端子が設けられており、その複数の端子1つずつに各半田噴流ノズル7が対応して設けられているのである(別言すれば、半田噴流ノズル7が複数設けられ、半田噴流ノズル7と端子3とが1対1に対応するようになっているのである。)。また、「ノズル5から半田を噴き上げれば、第1図の右方に一部示すように各端子3と対応する互に独立した線状の半田噴流FBが生じ、各半田噴流FBは対応端子3を一本のみを含む区画にほぼ垂直に接触して当該端子を半田付けする。」(同10行ないし14行)と記載されているが、この説明における「独立した線状の半田噴流FB」は別紙図面3の第1図及び第4図からみて、半田噴流ノズル7から噴き上げられた半田噴流を指し、そのノズルは1個の部品の複数の端子と1つずつ対応するように配設されているのであるから、半田噴流は互いに近接し、独立した形になっていることは疑いのないところである。そして、はんだ槽に加圧手段を設けてノズルに設けた多数の透孔から溶融はんだを噴出するように構成することは周知の技術であるから、半田噴流ノズル7から噴き上げられる半田噴流FBも、加圧手段を設け、多数の透孔を有する板の各透孔から溶融はんだを噴出させることによって容易に得られるものであることは、当業者には直ちに察知できるところである。

したがって、甲第6号証の上記記載箇所には、「はんだ槽に収容した溶融はんだに加圧手段を設けることによりノズルに設けた多数の透孔を有する乱流波形成板のこれらの各透孔から溶融はんだを半波状に噴出させてこの半波状の溶融はんだの波頭を多数形成することにより、プリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給するはんだ付け工程」が実質的に開示されているに等しいというととができる。

また、甲第6号証の第1図右方の「互いに独立した半田噴流FB」は、半波状の溶融はんだの波頭が多数形成され、その頂部は流動圧が失われた時点で溶融はんだの重力が勝ることにより崩れ落ちる状態を示すものであるから、そのように頂部が崩れ落ちれば、本件発明の半波状の波頭と同様に、波頭が乱流状態になることは明白であり、さらに、その状態は噴出圧のわずかな変化や隣接する波頭との干渉で絶えず変動するということができるはずである。

<2> 被告らは、甲第6号証の第2実施例に示された半田噴流FBにつき、半田噴流は端子という直径1mm以下の点ともいうべきごく狭められた範囲に形成されるものであり、しかも互いに独立しているから、相互に影響を及ぼさず、部品の各端子以外の部分には溶融はんだは供給されない旨主張する。

しかし、上記第2実施例における端子と端子の間隔は極めて狭いものと考えられ、半田噴流FBの離間間隔は、本件発明における波頭の離間間隔と同じか、又はそれより更に狭いものであって、隣り合う半田噴流FB相互の干渉の度合いは相当に強いものと推測できるから、半田噴流FBが相互に影響を及ぼさないという被告らの主張は理由がない。

また、被告らは、甲第6号証の発明はブリッジの発生数を防止するものであり、本件発明におけるような「乱流状態」を作るものではない旨主張する。

しかし、甲第6号証の第1実施例において「ブリッジ・・・の発生を低減し得る」(第2頁右上欄14行、15行)といっても、それは、同号証の発明を、「プリント基板のはんだ付け面にはんだ噴流を全面的に接触させる」従来の方法と対比した場合にいえることなのであり、また、第2実施例において「ブリッジはほぼ完全に防止される」(第3頁左上欄1行、2行)といっても、それは、1個の部品の全端子を包含する第1実施例と比べた場合にいえることなのである。また、甲第6号証の第1実施例及び第2実施例においてブリッジの発生が低減ないし防止されるとしても、それは、本件発明においてされた比較の対象、すなわち内側孔を外側孔より小さくしたフィルターfを用いた第16図のものと対比して、ブリッジの発生が低減ないし防止されるということではない。結局、被告らの上記主張は、本件発明と甲第6号証の発明について、対象を全く異にしたものを対比して得た結果に基づくものであるから、技術的に意味がなく失当というべきである。

<3> 以上のとおりであるから、甲第6号証には、本件発明の構成要件である「半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し」、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する」ことの記載がないとした審決の認定は誤りであり、これを前提としてなされた、本件発明は甲第5号証及び第6号証に記載された発明に基づいて当業者が発明をすることができたものではないとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断に原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由(1)について

<1> 原告は、本件発明の特許請求の範囲における「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」ということは、本件発明の作用ないし効果あるいは自然現象であるから、本件発明の構成に欠くことができない事項ではない旨主張する。

しかし、本件発明において、溶融はんだを噴出させると、直ちに波頭が「乱流状態になり」、「上下左右に変動する」という状態が現れ出るというものではない。

また、「重力」や「干渉」が自然現象であるとしても、これらの現象が起こるということは、噴出圧を適当に選ぶことによって、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」と表現できる、審決のいう「波頭をそのような状態にすること」によりもたらされるものである。ここで、噴出圧を適当に選ぶとは、「乱流波形成板に対する加圧手段による流動」状態を選ぶことであって、具体的には本件発明の実施例からみれば、羽根車の回転数を選択することであるから、この回転数の選択により「波頭をそのような状態にすること」、すなわち「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」ことを選択することであり、「重力」、「干渉」により生じる現象は、これらの選択された手段を利用している自然法則に従って現れているものにすぎない。

以上のとおりであって、原告の上記主張は、本件発明が採用した手段(構成要件)と、これが利用している自然法則あるいは自然現象を混同した結果による誤った見解であり失当である。

<2> また、原告は、本件発明の特許請求の範囲における「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」との記載は、本件発明の構成を不明瞭なものにしている旨主張するが、上記記載で表される事項は、選択された手段としての技術的事項を示しており、その技術的事項そのものも明らかであって、具体的裏付けもなされているから、原告の上記主張は理由がない。

<3> 以上のとおりであるから、本件発明の特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されたものではないとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由(1)は理由がない。

(2)  取消事由(2)について

<1> 甲第6号証の発明は、審決も認定しているように、「プリント基板のはんだ接触面積を少なくして熱ストレスやブリッジの発生数を防止するためにプリント基板上の電子部品に対応してノズルを配設したもの」であり、同号証に記載されている第2実施例の「独立した線状の半田噴流FB」は、半田噴流ノズル7から噴き上げられた半田噴流を指し、そのノズルは1個の部品の複数の端子と1つずつ対応するように配設されていて、半田噴流は互いに独立した形になっている。そして、同号証には、「第2実施例の方法によれば、個々の端子ごとに独立した半田噴流が用いられるので半田接触領域を最小限に限定することができ・・・、特に、半田噴流FBが各端子ごとに独立していることから、端子間の半由ブリッジはほぼ完全に防止される」(第2頁右下欄下から6行ないし第3頁左上欄2行)と記載されている。

このように、甲第6号証の第2実施例のものも、はんだ噴流は端子というごく限られた範囲(例えば直径1mm以下)に形成されるものであり、しかも、上記のとおり互いに独立しているのであるから、相互に影響を及ぼさず、部品の各端子以外の部分には溶融はんだは供給されないものと考えられる。そして、上記のとおり半田噴流FBは互いに独立しており、そのようにした目的も上記のとおりであるから、第2実施例のものはむしろ本件発明のような乱流を起こさないようにしたものであると考えるべきである。

したがって、甲第6号証には、本件発明の構成要件である「半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し」、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する」ことの記載がないとした審決の認定に誤りはない。

<2> 以上のとおりであるから、本件発明は甲第5号証及び第6号証に記載された発明に基づいて当業者が発明をすることができたものではないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由(2)は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、同4のうち、審判段階における原告の主張内容、本件明細書及び甲第5、第6号証に審決摘示の各記載があることは当事者間に争いがない。

2  取消事由(1)について

(1)  まず、本件発明の特許請求の範囲における「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を流動状態にして不規則に上下左右に変動させる」との記載の意味内容について検討する。

本件明細書の発明の詳細な説明中の「はんだ槽4′に溶融はんだを収容し、図示省略した羽根車を作動して溶融はんだをノズル5′・・・から噴出させると、ノズル5′は第3図・・・のような波状の溶融はんだを噴出する。・・・ノズル5′の乱流波形成板の噴出口・・・から噴出された溶融はんだは、半波状に噴出され、波頭はいくつかの小さな峰ができたように乱流状態になり、この波頭は波底部の溶融はんだの流動により絶えず不規則に上下左右に変動する。上記波頭の高さ、峰の数、変動の程度は羽根車の調節による溶融はんだの噴出圧により変わる。」(甲第2号証第4欄36行ないし第5欄5行。この記載があることは当事者間に争いがない。)との記載によれば、本件発明において、ノズル5′から噴出される溶融はんだの噴出圧の調節は羽根車の調節によって行われるものであり、噴出圧を適当に選択することによって、波頭が波底部の溶融はんだの流動により絶えず不規則に上下左右に変動する乱流状態を発生させ、かつ波頭の高さ、峰の数、変動の程度を調節するものであると認められる。

もっとも、上記記載中の「羽根車を作動して溶融はんだをノズル5′・・・から噴出させると、ノズル5′は第3図・・・のような波状の溶融はんだを噴出する。・・・ノズル5′の乱流波形成板の噴出口・・・から噴出された溶融はんだは、半波状に噴出され、波頭はいくつかの小さな峰ができたように乱流状態になり、この波頭は波底部の溶融はんだの流動により絶えず不規則に上下左右に変動する。」との部分のみを読めば、ノズル5′から溶融はんだを噴出させれば、その噴出圧に関係なく溶融はんだが乱流状態になるものと解されなくはない。しかし、溶融はんだの噴出圧が低い場合には、隣接する波頭の干渉があったとしても小さく、波頭が上下左右に変動しない状態が起こり得ることは技術的に明らかであるし、上記記載に続く「上記波頭の高さ、峰の数、変動の程度は羽根車の調節による溶融はんだの噴出圧により変わる。」との記載をも併せ読めば、上記のように解することは相当ではなく、したがって、これに反する原告の主張は採用できない。

しかして、発明の詳細な説明における上記記載内容によれば、特許請求の範囲の記載中、(a)「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動」とは、乱流波形成板に対する溶融はんだの噴出圧による流動を示すものであり、(b)「上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」とは、上記(a)により溶融はんだの波頭を所望の乱流状態にさせることを規定したものと認めるのが相当である。したがって、「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を流動状態にして不規則に上下左右に変動させる」との記載は、溶融はんだの噴出圧を選択することを前提として、上記(a)及び(b)が相まって一体として、所望の乱流状態を発生させることを規定したものと認めるのが相当である。

(2)  原告は、審決にいう「重力」、「噴出圧のわずかな変化」及び「隣接する波頭との干渉」は人為の関与しない、いわば自然的条件とでもいい得る性質のものであるから、「波頭を乱流状態にして」及び「波頭を不規則に上下左右に変動させる」というのは、それらの自然的条件の下に人為の関与なしに発生してくる自然現象であって、本件発明の構成に欠くことができない事項ではない旨主張する。

しかし、「重力」、「噴出圧のわずかな変化」及び「隣接する波頭との干渉」自体は原告主張のとおりのものであるとしても、上記(1)において述べたとおり、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」という要件は、「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動」という要件と相まって一体として、上記のような現象を起こさせる手段を規定するものであって、自然現象であるとは到底いえず、本件発明の構成に欠くことができない事項というべきであるから、原告の上記主張は理由がない。

なお、審決の理由における「波頭をそのような状態にすることを、『波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる』とも表現できるので、」との説示に照らしても、審決も「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」という要件を上記に述べたところと同様に解しているものというべきである。

また、原告は、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」との記載は、溶融はんだを「噴出させると」という人の行為ないし自然への働きかけが行われると、その結果直ちに波頭が「乱流状態になり」、「上下左右に変動する」という状態が現れ出ることを述べたものであって、本件発明の作用ないし効果を記載したものである旨主張する。

しかし、溶融はんだを噴出させれば、その噴出圧に関係なく溶融はんだが乱流状態になるものでないことは上記(1)に述べたとおりであり、上記記載が「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動」の作用ないし効果を記載したものでないことは、上記(1)に述べたところからも明らかであって、原告の上記主張は理由がない。

(3)  原告は、「乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」との記載の存在は、本件発明の構成を不明瞭なものにしている旨主張する。

しかし、上記(1)に述べたとおり、上記記載は、本件発明において所望の乱流状態を発生させることを規定するものとして、その技術的事項も明確であるから、原告の上記主張は理由がない。

(4)  以上のとおりであるから、特許請求の範囲には本件発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されたものではないとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由(1)は理由がない。

3  取消事由(2)について

(1)  甲第6号証には、審決の摘示するとおり、「限定されたはんだ区画ごとにノズルからそれぞれ独立した溶融はんだを噴出させて溶融はんだの噴流を多数形成することにより、プリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給するプリント基板のはんだ付け方法」が記載されていることは当事者間に争いがない(なお、審決の理由及び甲第6号証によれば、審決は、同号証記載の発明の第2実施例も含めて上記のとおりの摘示をしているものと認められる。)。そして、成立に争いのない甲第6号証には、同号証の発明の目的等に関して、「本発明の目的は、上記のように噴流式半田付け装置によるプリント板の半田付けにおける従来方法の熱ストレスおよび半田付け不良の問題を解消することにある。本発明は、上記の目的を達成するために、プリント板を半田付け位置に静止保持し、部品端子を含むできるだけ限定された半田付け区画ごとにそれぞれ独立した半田噴流を噴き上げて半田付けを行なう方法を要旨とするものである。」(第1頁右下欄下から5行ないし第2頁左上欄4行)と記載され、同発明の第2実施例について、「半田槽4に半田噴流ノズル7をそれぞれ各部品2(第4図には仮想線で示す)の個々の端子3(第2図参照)と1つずつ対応するように配設してある。プリント板は前述の第1実施例の場合と同様の方法により各端子3がノズル7と対応する位置に静止保持され、この状態でノズル5から半田を噴き上げれば、第1図の右方に一部示すように各端子3と対応する互に独立した線状の半田噴流FBが生じ、各半田噴流FBは対応端子3を1本のみを含む区画にほぼ垂直に接触して当該端子を半田付けする。第2実施例の方法によれば、個々の端子ごとに独立した半田噴流が用いられるので半田接触領域を必要最小限に限定することができ、従ってプリント板の熱ストレスおよび半田付け不良を第1実施例に比べ更に有効に低減することができる。特に、半田噴流FBが各端子ごとに独立していることから、端子間の半田ブリッジはほぼ完全に防止されるという利点がある。」(第2頁右下欄4行ないし第3頁左上欄2行。別紙図面3参照)と記載されていることが認められる。

甲第6号証の上記記載によれば、同号証の発明の第2実施例における半田噴流FBは、各端子と対応する互いに独立した線状の半田噴流であり、各半田噴流は対応端子を1本のみ含む区画にほぼ垂直に接触して当該端子を半田付けするような噴流であるということができ、同号証の発明の上記目的及び第2実施例の作用効果をも併せ考えると、第2実施例に記載されたものは、各ノズルから噴出する溶融はんだの噴流の波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりはんだ付け部に溶融はんだを供給するものではないものと認めるのが相当であり、乱流状態下におけるはんだ付け方法を示唆するところもないものと認められる。

そして、甲第6号証を精査するも、他に乱流状態下におけるはんだ付け方法に関する記載はもとより、これを示唆する記載もないことが認められる。

(2)  原告は、甲第6号証の第1図右方の「互いに独立した半田噴流FB」は、半波状の溶融はんだの波頭が多数形成され、その頂部は流動圧が失われた時点で溶融はんだの重力が勝ることにより崩れ落ちる状態を示すものであるから、そのように頂部が崩れ落ちれば、本件発明の半波状の波頭と同様に、波頭が乱流状態になることは明白である旨主張する。

しかし、甲第6号証の第1図右方に示されている半田噴流FBは「互いに独立した線状の」ものであり、しかも、乱流状態は、上記2項(1)で述べたとおり、溶融はんだの噴出圧を適当に選択することによって発生させることができるのであって、溶融はんだの噴出圧が低い場合には、隣接する波頭の干渉があったとしても小さく、波頭が上下左右に変動しない状態が起こり得ることは技術的に明らかであり、波頭の頂部が流動圧の失われた時点で溶融はんだの重力が勝ることにより崩れ落ちるからといって、常に乱流状態が生じるものでないことも技術的に明らかであるから、原告の上記主張は理由がない。

(3)  以上のとおりであるから、甲第5、第6号証に本件発明の構成要件である「半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し」、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する」ことの記載がないとした審決の認定に誤りはない。

そして、成立に争いのない甲第2号証によれば、本件発明は上記構成により、審決摘示の顕著な作用効果を奏するものと認められる(本件明細書に審決摘示の作用効果の記載があることは、当事者間に争いがない。)。

(4)  したがって、本件発明は甲第5号証及び第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由(2)は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

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